（強要）
第二百二十三条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する。
２ 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
３ 前二項の罪の未遂は、罰する。
ぎーガチャン。まだ秋だというのに東京拘置所の鉄格子は冷たくかつ重い。「ここだ」と看守に言われて入った大部屋には人相の悪い連中が６人。こちらを見ている。警戒して彼らの人相を見ている隙に後ろから鉄格子を閉められてしまった。もうどうにもならない、戻れない。
ベルトとネクタイをはずされているので身持ちも収まらないまま警察署から移送されてしまった。( ･_;)( ;_;)( ；_；)（＞0＜）ﾜｰﾝ
仲介屋のエーチャンは５６歳。不動産でも宝石でも毛皮でも、金目のものはなんでも売買仲介、換金もする。普段は社員らに「えーかぁ、仕事っていうのはな理屈じゃないんだぞ、お金になってナンボのもんじゃ、能書き言わんと行動せい、行動を！」と訓示を垂れていた。
キャバレーへ行っても「巧言令色少なし仁」っていう感じ。)^o^(ぶちゅ〜
が、今じゃこんなみっともない有り様で、こんなところへ動かされてしまった。それにしてもこれほど人相の悪い連中に取り囲まれた経験は1度もない。初体験だけになんだか不安だ。o(><;)(;><)oジタバタ
気を持ち直して皆様に一礼、名前を「えいじです」と名乗るだけの挨拶をするとそそくさと部屋の片隅の壁に寄りかかるように独りポツンと腰を下ろした。(;_;)ｳﾙｳﾙ
ふーっと深呼吸すると、俄かに６人の先輩のうちの一人、小柄で身の軽そうな中年男がニコニコしながら擦り寄ってきて
「ねえねえ、名前、なんていうの？ここへ来るのは初めてでしょ？」
えーちゃん「だからエイジですっていうの」（ここではフルネームとか住所とかは絶対しゃべってはいけない）
小男「おれ、かずお、っていうんだ、よろしく(ﾟoﾟ)」 続けて
「ねえねえ、シャバで何やってきたの？たかり？ポン引き？じゃねえよな、あ、そうか業務上横領とかっていうやつ？知能犯は大体わかるんだ。おれと違って利口そうな顔してるから、アハハ(^_^;)?」
エーチャンも落胆ばかりしていられないが、今はそっと考えさせてもらいたいのが本心。
家族のこと、会社のこと。連絡もしたいし(-｡-;）ｼﾝﾊﾟｲ
でも残りの５人の難しそうなしかめっ面を見ているとなんだか薄気味悪いし、一人ぐらい自分への理解者を作っておいたほうが後々ここの慣習などを教えてもらえるかなとの打算も働いた。
おもむろに重たい口を開く。
エーチャン「実は私は娑婆では不動産業をやってまして、元請けから五反田のボロアパートの地上げを頼まれたのですが、最初のうちはうまく立ち退きがかけられたんですが、よりによって最後の最後でこんなことになっちまって・・・・」と言葉を詰まらせた。(;_;)/~~~
ここまで口を開くと残りの５人の顔が急に明るくなってきた。
かずお「ねえねえ、みんなぁ、この人の話を聞いてあげようよ」
こいつはなんでこんなところで妙に明るいのか？不信ながらも戸惑うえーちゃんは対話を求めるかずおの問い、つまり訊問に答えるようになっていくようになる。と、すると、あ〜ら、不思議。段々と気持ちの整理がついてきたではないか。(^o^)
かずお「それで事件当日の模様を朝から順に述べて下さい。」と取り調べ室を再現するような口の聞き方をする。こいつは結構この施設や環境に慣れているのかもしれん。どんな所でも住めば都という言葉がふとよぎる。環境順応性があるんだなあ、人間には。
エーチャン「はい。いつものように朝１０時に自分が経営する新宿の不動産会社に出勤し、
前日片付けるべき書類をチェックし、社員と仕事の打ち合わせ、それと各自に仕事の指示をしました。それからアパートの入居者に印鑑を押してもらう書類を順番に整理した後、銀行へ行って立ち退き料として支払うお金として1００万円をおろしました。地上げ屋の相棒と五反田近くの喫茶店で２時に待ち合わせ・・・・」
かずお「えっ！1００万円だって！あんた結構金持ちなんだねー」
エーチャン「違うちがう、何、スポンサーさんから預かっている立ち退き資金ですよ。10戸分で１０００万円。五反田の駅に近い良い場所だからこの予算がついたんだよね。でもこの仕事を廻してくれた業者にも斡旋料を払わねばならんし。期限は今月末日。最初は順調でして、家賃の６ヶ月分くらいの立ち退き料に多少色つけてやったらみんなどいたんだけど、最後のあのばばあだけはしぶとくてどうにもならんかったです。」(＞0＜）ﾜｰﾝ
かずお「ああ、それじゃダイブ儲かったでしょ？一戸七万円の部屋なら９戸×６ヶ月分で、えーと、400万円が経費だっちゅうわけだから」
えーちゃん「そうでもないですよ。夜討ち朝駆けはしょっちゅうで、車の中で入居者が帰宅するのを深夜まで見張っていたり、場合によっては相手の会社まで出かけて交渉するのを４ヶ月もやってるし、事務所の家賃や人件費と交通費、通信費とあとえーと飲食代もこっちもちですから。」
かずお「そんで次に事件そのものについて話して下さい」
こうなると残りの５人も興味津々の顔付きをしながらエーチャンの傍へ寄ってきて何時の間にか７人は車座になって会議を開始していた。
別に得意げになっている訳ではないが、全員の耳目を集めるとなると少し身も引き締まってくる。
エーチャン「約束している喫茶店の一番奥の席が4人掛けで少し広いからそこでばあさんを待つことにしました。やがて少し約束時間に遅れたけど最後の入居者である立ち退き拒否ばあさんがやってきました。また約束をすっぽかされるのではないかとビクビクしてましたので、その姿を見た時はちょっとホッとしました。それで、どうぞどうぞ奥へ、と良心的に席を譲って、ばあさんの正面に私が座り、ばあさんの横に相棒が座りました。」
突然5人のうちの一人が「し、質問で〜っす！その相棒っていうのは怖いスジのお方ですか？顔が怖いとか話し方がえげつないとか、怒鳴るとか？」
エーチャンはちょっとここまで話しただけで質問が来るとは思わなかった。みんな なんだか裁判に慣れてるのかな？と公判の雰囲気をうすうす感じながらも自分の気持ちの整理に繋がると思ってマジに答える。
エーチャン「いや、カタギですよ。仕事の免許も持っているし、彼とは長い付き合いなんです。」
一呼吸置いてかずおが「じゃ、説明を続けて下さい」と促す。 （徐々にみんな、なんだか判事もどきになっちゃってる。）
エーチャンは素直に「はい。カバンの中から明渡し承諾書を取り出し、日付を入れて良いかどうかを聞いてから日付は私が入れ、サインを求めました。お金をテーブルの上に積んで、しっかりと見せ、こちらの誠意を見せました。先日、立ち退き金額については合意していたからその日はお金を渡し、立ち退きの意思確認と明渡しの日だけを決めればよいということになっていたんです。そしたらバアサン、突然、印鑑忘れたとかぬかしやがった。それで相棒がついにキレて怒っちまって署名だけでもするように、と言ったのです。」
５人の判事もどきのうちの一人「その時、相棒はおばあさんの身体に触れましたか？」
エーチャン「いいえ、手を掴んでサインさせるなんていうことはしませんでしたよ。筆跡が異なってはまずいことぐらい知ってますから。」
他の判事もどき「でも逃げ出せないようにおばあさんの座っている場所は奥にしたんでしょ？意思を翻すチャンスをわざと与えなかった・・そして逃げられないようにしてから脅かした、少しかもしれないけど・・」
かずお「そーゆーのを意図的っていうんだよ、ね、みんな！(^^)」と周囲に相槌を求める。←ちと、はずれている。
物知り判事もどき「脅迫でも人の反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知ってーのと人を畏怖させるに足りる害悪の告知ってーのはちと違うんだな、程度が。」
エーチャン「ん？って、じゃオレのはどっちなんですか。それは誰が決めるんですか？喫茶店なんだからイヤなら大声出すことだって出来るんですよ。ましてや公衆の面前なんだ、うちの事務所で夜中に交渉したり説得したんじゃないんだ。勿論脅迫なんかしてませんよ」
物知り経験者２「出て行かなかったら火を付けるぞとまでは言わなかっただろうけど、明渡し期日のノルマが近いからスポンサーさんは黙って空いている部屋から解体工事をはじめるぞ、家が倒れて下敷きになったって知らないぞ、なんていうような事は言ったんじゃないの？」
エーチャンは少し紅潮して「私はそんなこと・・・・・脅かしてなんかいませんよ！」(`_')ｷｯﾊﾟﾘ
物知り経験者２「その、相棒っていうのはどうなんですか？そのような事を言ってませんでしたか？」
エーチャン「そりゃ少しは・・・期日は近いし、あいつも生活かかってるし。焦っていたから多少は言ったかもしれませんけど。」
物知り判事もどき「でも、その時、貴方はその発言を否定しなかった・・・ということですね？ 違いますか？」
かずお「脅かして判を取った、じゃ、脅迫罪ということで・・・」と合議衆の顔を伺いながら仕切る。
何だか罪状認否の段階へ入っているような錯覚。まだ裁判も始まってないのに仲間が審議開始するなんて、なんだここは。一体何処なのかしら〜ん。と脳みそが軽い痴呆にかかったようにシビレル。
経験者２「そうそう、そんな感じがいいね。誘導訊問にひっかからないようにここで稽古しとかなきゃ。ここに来るとやることないからみんな勉強するんだよ。だからここは東京拘置所大学、略してトーコーダイ（東工大）っていうんだよ。おれはまだ３年生だけど、４年生クラスの人もいるし、あ、そうそう、この前は博士がいたな。何でも知ってるんだ。お話させてもらったら結構勉強になったよ。暴力犯と比べて知能犯の方はさすがに頭がいいから一旦卒業するとしばらく戻って来ない。又逢えた時はなんだかうれしくなっちゃって向かい側の房でも運動会なんかの時はこっちから挨拶に行くんだよ。」
なんだ、こいつは。ヒトゴトだと思いやがって。エーチャンはなんだかイメージがすっかり狂ってしまった。ちェッ、何がトーコーダイだ。ふざけんな。(｀ﾍ´) ﾌﾟﾝﾌﾟﾝ
最初にかすかに聞こえたガッチャ〜ンという音がやがて時間を空けながら次第に大きくなってきて、ここまで議論が進んだところで給食のおばさんが晩御飯を持って来てくれた。配膳は有り難い。お腹ぺこぺこだ。車座会議は中断し、皆順番に差出口に並んで一人ずつ晩御飯をもらう。手に取ってみるとなんだコリャ？
最後に受取ったエーチャンはどんぶりに入ったメン類が一体何なのかわからん。皆うまそうにツルツル音を立てて食べているのだが、不信に思って差し出し口を少し開けて次の房に廻ろうとしているおばさんに大声で尋ねる。
「あのお、すいませ〜ん、今日のメニュウはなんですかぁ〜？」
おばさんは遠くから振りかえって叫ぶ「ラーメンだよー」(^-^)
調理場から多数の房を超えて配膳してきたので水分をすっかりメンが吸い込んじゃって、まるでヤキソバみたいになっている。
しばし茫然として見送るエーチャン。なにしろお箸を刺すとメンが全部そのまま持ち上がってしまうのだ。勿論スープの陰はない。
これじゃ食欲も沸かない。
食べなければいけないことはわかっていても、これじゃ全然咽を通らないよ。ぐずぐず考えていると、人の良いかずおが擦り寄ってきて
「どうしたの？食べないの？いらないんだったらもらってあげようか？」といつのまにかニコニコして正座してる。
ちょっと世話になったし喉にも通りそうないので、エーチャンは思わず頷いてしまった。いや、その卑しき気迫に押し倒されたのかもしれない。欲望は人を動かす。
やつら娑婆での訓練の賜物か知らんが、食べ物や交換価値を奪う時は素早い行動を示すもんだ。
たちどころに６人衆に分配され、ヤキソバラーメンは彼らの腹の中に消えてしもた。
益々茫然とするエーチャン。力が出ない。思考も出来ない。６人衆がパクパクおいしそうに食べている間中、独り壁に寄りかかって家族や会社のことを思い出す。あ〜ションボリ。(｡、)ｼｸｼｸ..
ところがなかなか独りにさせてくれないのが房である。腹が一杯になると再び司会進行役のかずおがやってきて、夕食という邪魔が入ったけど気を取り直してさっきの続きをやろうと言う。なんだ元気なやつらだな。
なんだかぐったりしてきたエーチャンは断る力もない。
やがて再び車座合議衆が寄り合い、裁判員もどきのジャッジに入る。いよいよ罰条を合議制で決めてくれるらしい。
ったくうれしくて涙が出るぜ。(( (;_; ) ( ;_;) ))ｲﾔｲﾔ
物知り判事もどき「食事して気分転換したらあんたのは単なる脅迫じゃないってことに気が付いた。判子を押すよう強く迫ってるからね。」
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（注）（脅迫）
第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
２ 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
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エーチャン「えっ？違うんですか？じゃ一体どんな罪になるんでしょうか？パクラレタ時、そりゃ、びっくりして動転してましたけど確か罪状は脅迫だとばっかし思ってました。」
物知り判事もどき「強要だよ。知らないの？なーんだ、あんたも教養がねーなあ、あっはっは。オレは何でもしってるぜ。（←そんなもん威張ってる場合か、おまえだって囚われの身ではないか！）脅迫の隣の条文だよ。恐らくその相棒ってヤツはレスラー上がりかプロスポーツ崩れかなんかのごっつい大柄なやつだったんじゃないの？だからバアサンは怖くなって喫茶店で判子押して、お金をもらったものの、その後で、なんだか自由な意思を阻害されたような気分になって警察へ掛け込んだんだろうな。強要罪はこわいよ。ハっきり言って。なにしろ罰金刑がないからねぇ。それにしても大したばあさんだねえ。刑事を動かしちゃうんだから。オレらが訴えてもちっとも動いてくれないよ、フツー」
エーチャン「えっ？あのぅ、普通は怖いっていうのは被害者の立場になった時に使う言葉ではないんですか？」
物知り判事もどき「ばーろー。ここをどこだと思ってるんだよ。拘置所大学だぜ。シャバの感覚は通用しないのだから今後もそのつもりで・・・。怖いのはばあさんじゃなくてこっちの方だよ。何しろ不起訴処分をとらないことにはここから出られないからね。罰金刑が規定されている脅迫罪とは大違いなんだ。取り調べ検事さんとの交渉が全然違ってくらぁなぁ。かあちゃんも心配してんじゃなあいのぉ？だから毎日怯えてなきゃならん。せめて罰金の可能性があれば少しは気楽にラーメンも楽しめるってーもんよ。あっはっは。」~(＾◇^)/ｷﾞｬﾊﾊ
牢名主をはじめとする５人衆の笑い声は高らかに拘置所の房中に響き渡った。
独り考え込むエーチャン「一体 オレとバアサンとどっちが恐怖心を感じてるのだろうか・・・・・」とつぶやいた。
ショックを和らげてやろうという親心か、牢名主は逮捕話しが世間に広まった後のもっと怖い話しを始めようとしていたが、今夜のところは止めた。明日の楽しみは一晩置いてやると2倍になることを知っているから。
判事だか、検事だか刑事だかわからん物知り「あ〜あ 明日もヒマだなあ。そろそろ寝るとするか。なあ、みんな、今日の取り調べはここまでにしよう。」
かずお「じゃ、判決は明日ってことにしましょう。(^.^)」←おいおい、判決まで出してくれるのかよ。まったく有り難い話しだねえ。こりゃ。
（って、ここはそもそも牢獄内なんですけど・・・）
