その３　　　　　倒産寸前のホテルの買収　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ ６／１　up ）

　バブル復活はもうすぐだ、株価も地価もいずれ反転上昇に向かう、そうしなければ政府は国債を償還できないし、将来の若者達に対し税金や社会保障費などの過大なる負担をかけることになる。
なんていう田分けた景気循環論が跋扈していた平成5年の秋の木曜日、私は新宿の厚生年金ホールの喫茶室へ呼ばれた。

　来週の月曜日にあるホテルチェーンが2回目の不渡りを出す予定だ。社長は現在暴力金融会社に保護されている。つまり監禁されている。それで、金策ができずに2回目の不渡りを出すわけだ。
社長個人の印鑑と印鑑登録カード、社長印も通帳、権利書もすべて預り証と引き換えに組にもっていかれた。
保管委託契約書にもサインさせられたから形としては合法だ。
しかしそもそも最初に、脅迫したのは保護している組織の別働隊である。
それでいて緊急融資を行うというのであるから、ほんまかいな、とかんぐりたくなる。
これではまるでマッチポンプではないか。

　バブル期に一挙に展開した拡大路線が破綻してあちこちに土地建物を残したものの、仙台も札幌も福岡も皆某信託銀行の担保がいやというほどついている。現在建築工事中のホテルもある。.しかしどう言うわけか銀行以外の担保はついていないのだ。断末魔的倒産ではない。　　通常倒産前には、借り入れのためにつかう権利書があちこち忙しく動くので急ぐ債権者は仮登記で債権を保全しようとするし、その結果、登記簿は余白が目立つようになる。

　私を呼んだのは不動産ブローカーで、宅地建物取引主任者の資格も営業所も持たないお方である。ホテルチェーンの全国多数の物件を調査したが、そのうちの一番良い京王線笹塚駅近くのホテルを買うお客を見つけたから、安心して購入資金を出せるように私に説得して貰いたいというのである。
パンフレットにはオールシングルルームと書いてあるが、じつは最上階にはスイートルームがあり畳の部屋だけで２０畳の広さである。
現在稼動ｊ中のホテルだけに従業員の扱いやら社会保険、出入り業者への債権の処理、カード売上の始末など単に登記手続だけの問題で終わらないから大変だ。その夜もフロントは旅行客でごった返していた。東南アジア系も白人系もいる。わいわいがやがやと賑やかである。これほど盛況でも不動産投資に失敗すると不渡りを出すものなのか、一瞬疑いたくなる。

　私もこれは大変と、早速猛烈な勢いで調査を始めたところ27種類の帳簿や書類を用意してもらわなければならないことになった。果たして後二日でそろうか？現金出納長は機械打ち出しだからよいが、仮決算をしているひまがない、よってある程度は先送りしなければ解決できない問題もある、そうなれば手配の者を経理に送り込みしばらく様子をみながら仕分けしなければならない。

　明後日の土曜日、必ず連てくるといわれた社長を一発で説得できるか、既に売買価格は決まっているとはいうものの、仲介しているのがもぐりの元開発屋さんだけにどこか危なっかしい。
一方買主は京都からトランクに5億円詰めてやってきた。
しかしながら年季の入ったその買主は賢くも割引債で持ってきた。万が一契約不調ならば現金で持参したのでは銀行定期預金を解約した分だけ金利が損だから。　　なるほど頭がいいなあ。あほではホテルは買収できませんもの。

　喫茶室での説明は2時間に及びやがて夕食休憩になった。ホテル買収の話はもう終わり。その買主にとってはタクシー会社を買収するのも調整区域に分譲マンションを建ててしまうのも単なるビジネスに過ぎないのだ。
よって私はもっぱら昔話の聞き役に回ることにし、戦前戦中を通して沢山の有名人の裏話を教えてもらった。
例えば小佐野賢治氏がロッキード事件の時、証人喚問の署名の際、手が震えたのはコーチャンからすっぱ抜かれたピーナッツの領収書が本物だから、そのコピーを国際司法協力で入手した検察に筆跡鑑定されないようにわざと震えたのだ。と、彼は勝手に推測しているのだが、小佐野氏ののそれまでの偉大なるビジネスと政治献金、刎頚の友を早くから見抜く如才には若い時から裏づけが沢山ある事も教えてもらうと、なるほど頷けるのである。
しかし裏をとれないのでここではこれ以上書けません、残念です。
ただ一つ言える事は威風堂々としてまるで熊みたいな方で、オーラに満ち溢れているのです。
某都銀の本部で会いましたが凄い方ですね。国会議員の質問なんかいとも簡単にかわしてしまうのも実力です。
おっかねー。

　話が横道にずれてしまったが、あさってのデリバリーにおける問題は売主の社長がどこにいるかである。
「だいたい居所はわかっているんですけどね」と言うが確証はない。
ブローカーは甘言を弄して監禁している組と連絡をとるもどうやら不調に終わりついに土曜日には現れなかった。私は1日事務所で待機、待ちぼうけ。
「まあ、そんなことだと思ったよ」と、京都の買主候補者は黙って帰って行った。

　まちくたびれた日曜日が終わった。月曜日のＮＨＫの7時のニュースで倒産報道された。
一連の話は本当だったのだ。

　あーあ、やっぱり予定通りだったか。