気持ちの循環
ある人の紹介で初対面の方からサービスを受けたので、感謝の気持ちを込め、最敬礼の上で謝礼を渡そうとしたら、
「いや、今後は私の方が世話になる可能性がある、今日は弟子に指導させただけだからお金は無用です。道具だって、別に減るわけでもないし壊されたわけでもないので、大したことはしていませんよ」と言って固辞されてしまった。
「いや、それじゃあまりに申し訳ない、経費もかかるし設備も利用させてもらったのだから損料だって発生しているはず。是非ともこのお金は受け取って欲しい」と押し返すので何度となく２人の間をお金が移動する。
あまりに頑なに固辞され、何度もお金を二人の間で行ったり来たりさせることも気まずいので、一旦引っ込めることにした。
そこで考えた。
しかし、このまま自分だけ利益を受けた状態ではいけない、そもそも紹介者の労があり、引き合わせがあったからこそ無料サービスを受ける結果になったのだから一方的受益は自然ではない。
何か事前のやりとりがない状態なのに、これだけ初対面の自分を歓待してくれるはずがない、経費だってかかっているのだから・・・
と、考えた末、、その謝礼は紹介者に渡すことにした。
辞退者は希望をもらい、支払い者はすっきりスジを通した満足感を得て、紹介者は金銭的利得を手にする。
全て、多少の現象に過ぎないけれど、やがて循環の輪は大きくなるだろう。
これを精神的因果の渦潮とでも呼ぶべきか。
これが「善意という気持ちの循環」であって、遠く過去の日本では謙譲の美徳という形で伝承されてきた形の変化した部分であろうか？
親子代々所有権や営業権など、よかれと思うものや心を、相応しいと認めた人に贈る、送る。
紹介者は多分、高い確率でその方へ他の形でサービスを提供することになる。だとしたら、この三角関係は三者になって初めて循環の輪を作り、それが「和」へと変化することになるだろう。
「お返し」とか、「フィー」は大切な事柄には違いないけれど、所詮人間関係の直線的な動きでしかない。
当事二者だけのやりとりではお金やサービスが二人の間を行ったり来たりするだけだから「対価支払いの後回し」になっているだけで、それでは義理という概念に留まる。確かに義理も貴重な心の持ちようであって人間関係の基本である。
これが欠けている方とはあまり長くお付き合いするべきではない。
無理に対価を求めて続けていても、それは多分、サービス不足という不満から不義理という評価へと変化したうえで二人の関係は終焉を迎えることになる。
それを補うのが愛とか思いやりとか責任感であるのだが、家族や親子など特殊な人間関係の場合以外は破綻を迎える時期はそう遠くない。
和が作る人の輪は面積的広がりを内含するものであり単なる直線のやりとりではない。
二者と３者はこれだけ違う。
二者で終わらせない、という思いやり。
その一方で
「悪の気持ちの循環」というものもある。類は友を呼び、暴力という感情の爆発、ウソ情報、批判、責任追及、断罪、密告、落ち込みと愚痴を聞いてもらいたい感情へとグル
グル目まぐるしくマイナス方向へと発展し、これまた、破綻は間近なはずなのだが、これまた他の因子であるものが中心にあると、例えば「パワー、強さ、お金、組織維持力」という求心力などがあればそれなりにへんな関係だが循環という和を作ることになるから世の中はややこしい。
それでは悪の循環例を一つご紹介しましょう。
Ａ子さんは大学を親の支援で卒業させてもらったが、希望する大学院への進学については「お前にはその能力はない、社会へ出て働いて、早く結婚するべきだ。」という点についてだけは不満を持っていた。
大卒者はいくらでもいる、有利な就職をするためには今後は大学院ぐらい出ておかねばならない、自分はもっと頭が良い、と勝手に思い込んだのだが、親は彼女が早くよい男性を見つけて結婚し、主婦になることを最善の人生だと判断していた。
そこに食い違いがあった。基本的な不満は永く続く。それが一方的にかつ勝手にその人の内心で作られたものであっても。
一旦、言われるままに就職したけれど、自我の強い彼女は二年ほどで退職し、自宅通勤に伴い貯め込んだお金で単身渡米して英語学校へ留学し、英会話をマスターして帰国した。英語力を活かした就職場所は景気がよかったためにすぐに見つかった。
会社では他の社員が英語力がないために持ち込む翻訳文書を一手に引き受けたので、優越感を持っていた。
しかし利点は時には弱点と化す。
他の人が出来ないことが出来る、他の人が持っていない情報を持っているという自負が次第に彼女を生意気にしていった。
「私がいなけりゃ、この会社は動きが止まるのだ」
やがてエーコさんは上司に対して不満をもらすようになる。
「私は他の人が出来ない仕事をしているのだからもっと給料を上げて欲しい、休暇も他の社員より増やして欲しい」と待遇改善を申し入れた。
それが他の社員に伝わるや次第に「生意気な女」というレッテルが表面に浮上し、仕事を妨害されるようになる。
ＰＣを止められたり、メモを他の書類の下に隠されたり、お客様や上司からの伝言を書いたメモを捨てられたりした。
そして、
決められた日までにきちっとした仕事を仕上げるという強い責任感と高慢な気持ちがハイミックス状態となり、精力剤を飲みながら頑張ったが睡眠不足が高じて体調不良を引き起こした。不眠はかなりひどかった。
そこで已む無く通院したところ、医者からすぐに鬱病という診断をされた。
「仕事もこなしたし、上司から高い評価を受けているのに、何故私が病気なのか、静養しなければならないのか」と散々悩んだが、会社にいる友人らはアドバイスを避けた。
二ヶ月ほどの治療で会社復帰したが、会社がそこまで仕事を待ってくれるはずもなく、エーコさんの仕事を処理する人は既に手当てされて他の人に替わられていた。
実に最悪である。
唯一の存在のはずがその他大勢に摩り替わってしまっていたのだ。
もう尊敬されることもなく仕事も任されていないことに気が付き、彼女は絶望のあまり、再度の入院を余儀なくされることとなった。
それでも褒められたい気持ちは少しも減らない。
已む無く退職して新たな職を探すも、時代は既に不況期へと突入し、また、英語力などを持った若者が大勢仕事を探している中で、エーコさんの期待する就職条件に合う仕事はなかった。
職安に度々相談したけれど、プライドが高くて景気がよかったころの給料を得る資格がある、ベテランだ、などと特権をしつこく求めるのだ職安職員もあきれか
えって
「あんたねー、それぐらいの能力の人はいくらでもいるんだよ、この求職情報を読んだのかい？」
と冷たく対応される始末。
時代変化という客観情報が理解できない、知りたくない、自分だけが偉いと思い続けるエーコさんには挫折が続く。
どこへ行っても紹介されても就職口は見つからなかった。
それでも生活水準は落とさずに相変わらずブランド物のバッグや化粧品を買い続けていた。
外見や見てくれを重視するあまり、失業中であるという身分も意識の外。
ミエが邪魔して自分が見えない。
どうやら
見え張りの気持ちは治らないらしい。
ブラブラしていると、そこへ中学校時代の女友達と出会い、高額マージンを得られるという化粧品セールスを勧められた。
商品を買取るセールスをすれば利益が大きいことを知らされ、借金して仕入れたものの、親戚や友人に頼る販売では所詮長続きするはずもなく、高慢と見栄っ張りが相乗効果をもたらした挙句１０００万円近い借金を抱えこむはめに。
貧すれば鈍するとはこのことで、昔の女友達は実は自分がセールスを辞めたいので在庫を抱えてくれる友人を探していたのだ。それを見抜けず、まんまとワナにはまったわけだが、契約者の地位譲渡契約は有効に成立しているので法的解決は手段として選択できない状況に陥っている。
自己破産申し立ても考える羽目に陥ったものの、憂さ晴らしはしたい、という気持ちを抑えられず数少なくなった友人を「奢ってあげるから」と誘い出して焼肉屋へ行き、た
らふくエネルギーを蓄えてから二次会のカラオケでまたまた深酒。
イライラする気持ちが募り自棄酒をあおり、過食症となる。
しかし、エーコさんは「お食事するのも営業のうち、奢る以上はこちらも楽しまなくちゃ接待にならないわよ」
と言ってガンガン飲み、歌い、踊る生活。
悪の循環はまだ続く。
友人と別れた後、へべれけになりつつ千鳥足で帰宅する途中、公園でいちゃつくアベックを見て何故か突然腹が立ち、夜中にもかかわらず周囲の迷惑も考えずに大声で彼らをののしったところ、アベックの男性に逆襲され殴られて骨折。
救急車で入院したが治療費支払い保証人になってくれる人はもうどこにも居ない。
病院の事務局の職員に対して
「私ウツ病なので治療費の支払いはできない、保険でなんとかしていただきたい」
などとちんぷんかんぷんなことを言ってその場をしのごうとする。
既に孤独。
援護者なし。
見栄っ張りと虚栄心、高慢な態度は入院してもまだ改まらない。
心のコアは変わらないのだ、一生かかっても。
コアを中心にして悪い感情がぐるぐると衛星のごとく廻っている。
時折エーコさんの心の中心部へ舞い降りてくる衛星からの訪問者はコァを知るやいなや、全て利用するだけ利用したうえで、ハレー彗星のごとく離れていく。
どんなに表面上親しくしていても、ある日突然携帯電話がかからなくなるのだ。
逃げ足の速い人だけが彼女の周りに集まっていた、ということになる。
能力とお金という二つの魅力を失った彼女には外形上のパワーもないので求心力はとっくに衰えているので、悪の循環は専ら独り舞台。
外形優先的心のコアから発する事柄の原因も結果も全て自分の心の内部であるコアから出されていることにまだ気がつかずに、ついに「入院中の破産」という最悪の事態へと結末を迎えた。
ｐｓ
例えば他人からブスといわれたくない、変人と言われたくない、「アホ」と馬鹿にされたくない、「チビ」と言って見下げられたくないなどという警戒心のため、自己防衛的に発せられる感情のことを虚勢を張ると呼び、
実力以上の過大評価を得るための願望たる言葉、例えば「より偉大により美しくより素晴らしい評価を得たい」という欲望を見栄っ張りと呼ぶ。
どちらの現象も大脳分析と欲望の調整が多少効かない状態。
バランスが大事であって、悪い循環と良い循環ではこれほどまでに結果が違ってくるものだ。
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