土下座の仕方２

前回の続き↓

相手はこの会社の中ではどのような地位にいるものなのか？

怒られ役の課長はそのからだひとつの状態で
殺風景な会長室で
金額交渉の当事者でもないひげ中顔だらけの被害会社の会長に呼びつけられ

今、正に怒られる寸前において
何を探して
そしてどのように謝罪の言葉を言うべきなのか？{{(~△~;)}} ﾌﾞﾙﾌﾞﾙ

ドアを開け、遠くに見える会長の座る黒い皮製ハイバックチェアの背後に、メシヌキ課
長は明瞭に後光を見た。
その光度はかすかなものではあるが、はっきりと５本もの光の
筋が左右の壁や天井に向かって光輝いているのを見た。
それくらい荘厳な雰囲気をもった会長であった。
そして、その偉大なる存在全体からなにか柔らかに感じる温かみと感じた。
いや、そう思わなければ怖くて近づけないからそう思い込みたかったのかもしれない。
ぎょろっと見つめる鋭い眼光こそ、永年に亘る苦労と裏街道をひたすら走ってきた深い体験に基づくオーラの発信基地であることに違いはないと感じた。その実力のほどは体全体からどことなくにじみ出ている。きっと彼は昨日今日、相続や天下りなどの名目だけで着いた椅子ではなかろう。いつでも現役社長をクビにすることぐらいできそうな実力者だ。これには参った。怖れた。対決はもう既に終わっていたと言われても否定できない。リーマン社長とはけた違いの実力を感じさせるものがある。さて、そのオーラにすがるべきか、それともいつものワンパターン定型挨拶から切り出すべきか迷いそして、焦っていた。(ﾟ0ﾟ;)

ドアを開けられて先方の堂々たる顔を見た瞬間、飯貫さんは立ち止まって深深と頭を下げ、渾身の理性を使って大きな声で「この度は大変申し訳ありませんでしたー」と謝罪の第一声をあげ、両手の指をを真っ直ぐ伸ばし、手を太ももの両側にぴたりと付けたまま腰を９０度直角に曲げて最敬礼態勢に入る。
そのまま
ずっと下を向き、禿げかかった薄い頭髪を見せるという謝罪のボディランゲージを見せ続け、会長からの言葉を待つ。
しかし、しかしながら、だ。それでいてしっかりと目を見開きカーペットをきょろきょろと見渡し、や
がてついに会長の机に向かって左手前２メートルのところに白い紙切れを見つけた。
「よーしこれで大丈夫だ。役者はそろった。」





ン、ン？？？　　な、なんだ？？　　ゴミだって？
土下座とゴミの関係がちっともわからん。わからないから続けて聞く。

飯貫課長は忘れ去りたい過去の事実をイヤイヤ思い出すように教えてくれた。
その役者とは
ー何の事はないー
床に落ちているごみのことなのだそうだ。
彼はずっと下を向きながら、最敬礼しながらもしっかりと床の上のゴミを探していた。
大声とゴミ探し。('';) ｷｮﾛ ( '')
この静と動の切り替えが結構難しい。教えられても気が動転しているとなかなか出来ない。もし言われたとおりにこれができたら一人前なのである。
そして次ぎに会長の言葉を待つ。相手から出てくるまで同じ態勢でじっと待つ。
ひたすら待つ。これも結構つらい。いきなり指図されてボディガードから殴られるかもしれないと予測するならば、頭を下げ続けることはできないからだ。度胸を決めてかからねば出来ない。

メシヌキ課長さんも最初はこんな芸当は出来なかったらしい。
第一声の大声が出たらそこでもう大丈夫なのだが、課長になり初めの頃はそれができず、「責任はそっちにもあるじゃないか。保険会社に対応させますよ。うちにも弁護士がいるんだ。謝罪は正式に社長から文書で提出させて頂きます。」などと自分のプライドを傷つけないことばっかり考えていた。だから問題はこじれ、解決は長引き、仕事上のロスタイムは永くなり賠償額は増えた。増えたところで会社のお金で払うのだし、会社は利益にそれら事故による損失額を折り込んで価格設定しているし、保険会社に対して保険料はちゃんと払っているし、俺には関係ない、仕事で社長の代りに謝っているだけなのだから、謝り続けて卑屈になるなんて真っ平ご免だ、と思っていた。思考は感情を抑制する。

そんな交渉を何度もしていたが、それでも詰め腹を切らされるのはやっぱり不愉快であって、この1時を過ぎれば役員になれそうだからひたすら耐えているだけのこと。m(｡､)m
それでも人間の肉体とストレスは２４時間同居しているから離れることは出来ない。忘れるためにはお金という道具を使って遊んだり、うさ晴らしのために飲み歩いたりギャンブルにはまったり家族に八つ当たりしていた。そんな自分が会社の奴隷になていることに気がついたものの、脱出できない自分をもどかしく思っていた。なかなか思ったとおりに一皮剥ける心的状態にはなれない。

そんなある時、京都の禅寺を寄宿舎としながら大学を卒業したという半分お寺出身という珍しい経歴を持つ別の会社の総務部長と仲良くなり、総会屋対策などを教えてもらっている話しの最中にこんな話しを聞いた。
「己を捨てることができれば何も怖い事はない。相手も又、仏の子なればなり」
というものであった。ところでこれって何のこっちゃ？
自分は父と母の間に出来た子供であって、そんな、見た事もない掴みどころもない仏の子供であるはずがない。仏という存在は感じたことがないしシャカとの違いも判らないし、だいいち奈良や京都の仏像なぞどっかの彫刻士が彫ってお金を代りにもらっただけの木像に過ぎないではないか、とずっと思っていたのでこの言葉を頂いても、そんなもん本やネットで拾ってきた言葉と何ら変わりがない程度にしか理解していなかった。いや、自分にこの言葉を理解するための電波受信アンテナが成育していなかったので脳裏を通り過ぎていったのかもしれない。

ところが飯貫課長は祖父が神主だったという家庭環境もあり、いや、遺伝子が教えてくれたかもしれないのだが、この理解し難いフレーズを脳裏の片隅に残していた。今、やっとそのフレーズが現象として表面へ出て来たような感じがした。誠意は声の大きさになって現出する。
しかし、それだけで果たして相手に誠意が通じるであろうか？

再び会長室のシーンに戻る。
会長はその直立不動最敬礼状態のメシヌキの態度を見て、微動なき姿に見入っていた。
そして２０秒ほど、それはそれは永い永い沈黙の中、いつ両サイドにいる屈強なガードマンに頭を上から殴られるかもしれないという恐怖をこらえながらひたすら耐えていた時、会長が漸く口を開いた。

「お・・・まー、こっちへ来い」

メシヌキさんにはまだそのトーンが許しモードに入っているかどうか判別できなかった。
そこでゆっくりと下を向き、背中を丸めながらトボトボと小刻みな運歩で前へ進む。
1歩、2歩、３歩、・・と。
そして３〜４メートルくらい前から突然小走りに急ぎ寄った。この動きはガードマンを一瞬慌てさせた。(ﾒ▼ﾛ▼)凸~~~おら〜何すんじゃーこらー＾

しかしすぐに立ち止まり、ゴミの手前で両手をついて土下座して近くで会長の顔をじっと見つめるやいなや、身悶えしながらおでこをカーペットのゴミに向かってこすりつけ、そして両目に一杯の涙をため込んでから額に白い紙ゴミをつけた後、おもむろに会長の顔を仰ぎ見た。
涙に濡れて見上げた顔にはしっかりと白い紙切れがおでこにくっついていた。会長は鋭い目でしっかりこれを見届けた。

そして再度「このたびは手前どもの社員が大変な不始末をしでかしまして大変申し訳ありませんでした。わたくし、不肖メシヌキ三次、このとおりでございます。」と大きくはっきりとした涙声で口上を述べた。(/_;)ｼｸｼｸ

そのなりふり構わぬ滑稽かつ真摯な態度の紳士に対し、会長は５秒くらいじっとみつめながらドスの利いた低い声でゆっくりと
「お前さんも大変だなぁ。ま、社長によろしく伝えてくれ、うちの社員にはちゃんと補償をしてやってくれ。俺はもうわかったから。」
と言い残しながら壁の裏側にある回転扉へと姿を消した。何故か雪駄を履いていたのが見えた。
「あ、ありがとうございますー」と再度ひれ伏した。
会長が去ると、さっきのガードマンが2人してやってきて課長の両肩を抱いて起こしてくれ、無言のままさっき通ってきた長い廊下を経て玄関まで送り届けてくれた。無罰だがなんだか呆れ返ってお引取り願うような、それでいて叩き出されたような格好になった。
でも帰り道は往路よりもはるかに短く感じた。ひたいの脂汗はドアを開けた時からずっと出っぱなしだった。(^_^;)?
飯貫課長にしてみれば、前座はセットするけど小細工はせず、今日はちょっと厚着して会社訪問し、最敬礼姿で下を向いて汗を出し、お茶を飲んで水分補給していたわけだ。作戦勝ちと言うべきであろう。

それにしてもゴミがなかったらどうするのか？と聞いたところ、「いや、心眼はゴミをも造りたまう。こちらが勝手に緊張した結果相手に心を飲まれるから見えなくなるのだ。」と達人らしいお言葉を返してくれた。